硫黄島からの手紙

父親たちの星条旗

硫黄島からの手紙
年末年始日本に帰ったとき、『硫黄島からの手紙』と『武士の一分』を観ようと思っていた。でも、誘った友人は既に両方観ていたので断念、じゃあ後日行こうかと思ったけど、結局都合がつかずどちらも観ずに戻ってきてしまった。次回帰ったときに DVD かなと諦めてたけど、Letters From Iwo Jima (硫黄島からの手紙)がちょうどこちらでも封切りになった。というわけで、若干ネタバレを含むけど、映画を観た感想。

この映画に関しては、きっと日本の方がたくさん宣伝されていると思うし、硫黄島に関する特番やインタビューも放映されていると思うので、敢えて大まかなストーリーに触れる必要はないと思う。それに、自分は恥ずかしながら硫黄島の戦いを今回初めて知ったので、正確に語るだけの知識も持ち合わせていない。でも、わずかだけど違う視点から観ることができたのでは、とは思う。

まず一つに、今回、直前に日本で見てきたものの影響がある。もうアメリカに来てから2年半が経つけど、よく思うのは「自分は日本のことをほとんどわかってない」ということ。多分外国に出てある期間暮らしたことがあれば、そう感じる人は少なくないと思う。自国の文化も理解してなければ、歴史も大してわかってない。日本に関することを訊かれても、いつも満足の行く答えを言えず恥ずかしい思いをする。そこで、冬休みにとりあえず靖国神社に行ってみようと思った。理由は行ったことがなかったから。そして広島にも行ってみたいと思った。原爆ドームがどんなものか知りたかったから。靖国は近いから行けたけど、結局後者は目的地が広島から南九州に変更になってしまった。その代わり、鹿児島・知覧にある知覧特攻平和会館を訪れる機会に恵まれた。

そもそも2本の邦画を観たいと思ったのは、ただなんとなく。せっかく日本に行くから邦画を観たいな、くらいの軽い気持ちだった。でも、靖国神社にある軍事博物館の遊就館、そして知覧特攻平和会館を訪れたあとに硫黄島からの手紙を観たので、なんだか余計に胸が締めつけられる思いだった。

遊就館には硫黄島の戦いに関する資料も多くあったけど、映画の影響か人だかりがすごく、自分はまだ映画を観る前だったのでそれほど関心もなく、あまり見ないでとばしてしまった。その代わり、特攻隊員たちの時世の句が目に飛び込んできた。閉館時間が迫っていたため、第二次世界大戦ブースはゆっくり見られなかったけど、それでも心が重くなるには十分だった。その1週間後、南九州旅行で知覧特攻平和会館を訪れた。ここはその名前の通り、鹿児島・知覧から飛び立った特攻兵たちの遺品・関連資料が展示されている。知覧からの特攻隊の総攻撃が始まったのは硫黄島の戦いよりも後なので、ここで見た遺書等が直接映画と結び付いているわけではないけど、どちらも同じような状況下で戦争に駆り出された若者たちの姿であることに変わりはない。映画中に日本兵が手榴弾で自決する場面を見て、遊就館・特攻平和会館で見た文面が思い出され、居た堪れなかった。

もう一つ、この映画をアメリカで観たのはある意味貴重な体験だったと思う。日本の映画館で多くの日本人とこの映画を観るのと、こっちでアメリカ人に囲まれて観るのとでは、きっと雰囲気が違うと思う。同じ場所で同じ映画を観ても、きっと周りの観客とはまったく異なる視点で観ていたので、言葉では上手く表現できないけど、とても不思議な感じだった。でも、別に何かが起きたわけではない。ただ、決死の覚悟で天皇陛下万歳!と繰り返す日本兵を彼らはどういう気持ちで観たのだろう?投降した日本兵が米兵に射殺される場面を観て、彼らはどのように感じたのだろう?、という問いが頭に浮かんだ。アメリカの映画館は、観客の喜怒哀楽がわかりやすい。終始水を打ったようにみんなが観ていたのが、この問いへの回答なのかもしれない(途中退席した人も何人かいたけど)。もう公開終了してしまったけど、第一部の『父親たちの星条旗』もアメリカの劇場で観たかった。

最近、憲法改正のこと、特に憲法第9条のことが話題になっているけど、自分としてはこれは変えるべきではないと思うし、ましてや非核三原則は永遠に守るべきだと思う。兵器がある限り、戦争が起きる可能性は決してなくならない。単なる綺麗ごとにしか聞こえないだろうし、核ミサイルを打ち込まれたら終わりだろうけど、でも強くそう思う。軍事技術開発が世界の技術の発展に大きく寄与しているのは紛れもない事実だけど、技術者は殺戮兵器を作るために研究するべきじゃない。ノーベルは、人を殺すためにダイナマイトを作ったわけじゃない。


【補足】
自分が知らなかったからと言って一般化するのは明らかに間違っているけど、この映画以前に硫黄島のことを知っていた日本人はどれくらいいるのだろう?研究室と家にいるアメリカ人10人に訊ねたら、Iwo Jima のことはほとんどが知っていた。もちろん、中には沖縄すら知らなかったり、硫黄島の戦いが第一次大戦か第二次大戦かあやふやな人もいたけど。栗林中将まで詳しく知ってたのは、ヒストリー・チャンネルが大好きな人だけだった。一方、第一部の表紙にも使われている、擂鉢山にアメリカ国旗を掲げる写真(硫黄島の星条旗)はみんなが知っていた。1945年にピューリッツァー賞の写真部門を唯一受賞した、特にアメリカでは相当有名な写真だそうだ(多分それが第一部の話だと思うけど)。

● 参考
- 硫黄島探訪
硫黄島に関すること、硫黄島の訪問記、硫黄島の戦いのまとめなど。
- 祖父の硫黄島戦闘体験記
硫黄島から生還した方の回想記。かなり長いけど、まさにノンフィクション。
- 硫黄島の戦い / Battle of Iwo Jima (ともに Wikipedia より)
- 米軍の実際の記録映像から作られた短編ドキュメンタリー映画
1945年に作られた To the Shores of Iwo Jima という映画。すさまじいの一言。撮影した人はものすごい。著作権上問題がありそうな気もするけど。。。

<その1>

<その2>

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俺も昨年の夏に長崎~広島と旅してきたよ。
知覧には残念ながら行けなかったのだけれども、
絶対に機会を作って行こうと思っている。
知覧に行ったのなら知っているかも知らないけれども、
特攻平和館の設立に貢献された鳥浜トメさんの伝記である
「ホタル帰る」を読んでいないのならば是非読んでみて。
これは一生のうちに読まなきゃいけない本の一つです。

ひびパパ on January 23, 2007 9:01 AM

第一部の『父親たちの星条旗』は札幌の映画館で見たよ。あまり調べず15秒程度のCM知識しかなかったので、一つの映画でアメリカからと日本からの2つの視点の映画と勝手に勘違い。最後のエンドロールで別の映画が上映されるんだと知ったのだけど、その時は映画が終わっていた。
硫黄島という単語はもちろん知っていたけど、何があった場所で何処にあるのかとか知らなかったな~。大島や八丈島(伊豆七島)の車が「品川」ナンバーだった事も知らなかったな。興味がないものは以外としらないものだよね。

> たかし
そういえば長崎・広島の話をしてたよね。本と一緒かどうかわからないけど、ホタルになって帰ってきたって逸話、ビデオで流れてたか書いてあった気がする。俺は見られなかったけど、トメさんが語る映像も流れてたよ。今度3月末に帰ったらぜひ読んでみるね。情報ありがと!

> ひびパパ
ウィキペディアによれば、元々は第一部はクリント・イーストウッドが監督で、第二部は誰か日本人監督を起用する予定だったらしい。でも、クリント・イーストウッド本人の希望で、第二部も監督することになったんだって。2~3時間くらいの映画で、両方の視点から描くのはちょっときつそうだね。

興味がないとわからないってより、情報が流れててもそこに意識してないだけじゃないかなって思うよ。ひとたび意識すると、これまでと同じ情報が流れていても、今まで切り捨てていた情報まで取り込むようになるから、意外にその情報がすごい溢れてることに気付く、みたいな。品川ナンバーは知らなかった!

>特に憲法第9条のことが話題になっているけど、自分としてはこれは変えるべきではないと思うし、ましてや非核三原則は永遠に守るべきだと思う。
この映画はアメリカ人の視点に立つと間違いなく左翼映画ですね。
しかも、反戦の映画でありながら、『日本が悪い』という視点には微塵も疑問がない。アメリカ人にすれば当然なのでしょうけど。
ヘレン・ミアーズの『アメリカの鏡:日本』という終戦から約1年後に書かれた本をぜひ読んでみてください。(amazonのレビューだけでも覗いて見てください。)
世界の陸地の85%が欧米のものだった時代に、このように公平な視線を保てる女性がいたことは驚きです。
文化交流が進み、互いの国に対する理解は一見進んだように見えますが、本質的には当時と何も変わってないんだなーと実感できます。

> ぷぅさん
情報どうもありがとうございます。アメリカでは原著が絶版とのことで、日本の方が手に入りやすそうですが、他大学の図書館には結構置いてあるのでリクエストしてみました。

初めまして。
先日発売になった『硫黄島からの手紙』を観て色々勉強したくなり検索してたらこちらのブログにたどりついたので読ませていただきました。

私も3月に両親の実家である鹿児島に行った際、知覧特攻記念会館に行きました。
大げさですが、今までの自分の生き方、考え方が大きく変わったと言ってもおかしくないくらいの衝撃を受けました。
今まで正直全然興味がなかったです。靖国問題とか憲法9条とかあーニュースでやってるなくらいの気持ちでした。
でも最近こういう映画をよく観るようになって真剣に勉強しようとおもいました。

5月12日から知覧の特攻が舞台の映画が公開されるのですが、自分が実際この間行った場所だけに予告だけで号泣しました。
運がいいことに試写会が当たったので絶対行こうと思っています。

なんだか、初めましてでダラダラと書き込み失礼しました。
ブログの内容にとても共感したので書き込ませていただきました。

どりさん、はじめまして。
コメントどうもありがとうございます。

自分もまさにどりさんと同じくらいでしか考えていなかったので、こちらこそ非常に共感できるご感想です。そう言う意味で、良いきっかけを得られてよかったですよね。

仰ってる映画は、『俺は、君のためにこそ死ににいく』でしょうか。ちょっと前にニュースで話題に上っていたのを覚えています。機会があればぜひ観たいと思います。

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