7年前の杉村太郎氏との出会い

2004年秋入学を目指して、大学院出願の最後の追い込みをしていた2004年元旦、本屋である1冊の本を買った。TOEFLに何回チャレンジしても、なかなか250点(昔のペーパーだと600点、現在のiBTだと100点相当)の壁が越えられなかった。出願先によっては、TOEFL250点が足切りラインのところがあったから、どうしてもこの点数だけは取りたかったけれど、出願締め切りを考えると、1月が恐らく最後のチャンスだった。藁にも縋る思いで買ったその本は、杉村太郎氏の「TOEICテスト900点・TOEFLテスト250点への王道」という本だった。

杉村氏は、「絶対内定」シリーズの著者として有名で、日本で就職活動をしなかった自分はその本を使う機会はなかったけど、名前だけは知っていた。彼は、ハーバード大のケネディ行政大学院に留学したそうで、そのときの英語勉強法とその心構えなどをまとめたのが、購入した本だった。事前に見掛けたカスタマーレビューでは、この本を読んでも急激に点数が伸びるわけじゃないけど、でもやる気だけはみるみると湧いてくる、というものだった。実際に読み出したら、彼の巧みな話術に引き込まれ、あっという間に読み終え、そして、何が何でも絶対250点を取ってやる、という闘志が湧いてきた。

その数日後、TOEFLを受けた。果たしてその効果があったかはわからないけれど、以前に受けたリスニングといくつか同じ問題が出てきたという幸運にも恵まれ、最後の最後でボーダーラインを越えることができた。その足切りラインの一つを課していたのが、自分が進学・卒業したジョンズ・ホプキンスだったから、この本に救われたというのは、誇張表現じゃないだろう。

さて、無事にホプキンスへの進学が決まった2004年春、渡米までのあいだに、英語を集中的に勉強したいと思った。そんなとき、杉村氏のことを調べたところ、プレゼンスという、英語試験・英会話のコーチングスクールを開校していることを知った。早速説明会に登録して駆け付けた。多くの人は試験対策をメインに考えているからか、それとも時期的なものだったのか、その英会話クラスの説明会にはたったの4人しか参加していなかった。それでも、ご本人自ら、プレゼンスの理念を1時間超熱弁し、さらにその後には、それぞれ4名の個別相談にも乗ってくれた。そのときには、もう彼は既に有名人で、かなり多忙だったはずなのに。

説明会というのは、基本的に勧誘の場だと思う。でも、それまでにしてきた自分の英語の勉強、そしてもうすぐアメリカの大学院に行くという一連の話をすると、杉村氏は、プレゼンスに入学する必要はないのでは、と言ってきた。彼の学校は、英語を教えるのももちろんだけれど、それ以上に、コーチングによって生活・勉強習慣を律することが目的だそうだ。そのため、プレゼンスに通って他人からのコーチングに頼るよりも、自分で自分を律して、アメリカの大学院を頑張って乗り越えて下さい、とのことだった。営業すべきところだろうに、彼からの真剣なアドバイスに非常に感銘を受けた。

恥ずかしながら、大学院を終えた今でも、自分で自分をしっかりと管理できているかと問われれば、未だに No だと思う。でも、思い掛けず、数日前の彼の訃報を知ったいま、彼の真剣なアドバイスがまた心の奥底から蘇ってきた。47歳の死というのはあまりにも早すぎる。心よりご冥福をお祈り申し上げます。

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