今となっては正確な日付は思い出せない。でも、恐らく10年前のちょうど今日、浪人生活が決定して自然と涙が溢れてきた感覚は今でも覚えている。小3のときに算盤を習い始めたのがきっかけで、小中高とずっと算数・数学が得意だった。ところが、センター試験の数学2・Bで予期もしない大失敗。後期試験の足切りに届くか届かないかのぎりぎりラインだったけど、東工大への憧れもあって出願した。結果、前期試験の数日後、後期試験足切りの通知が届いた。そして前期試験の合格発表日、桜は咲かなかった。ようやく桜が咲いたのは、長く苦しい浪人生活を体験したその1年後だった。
あれから10年、今回は Ph.D. への第二の関門試験、通称 GBO (Graduate Board Oral Exam) を受けた。これはジョンズ・ホプキンスで博士号を取得するためには恐らくどの学科でも課されている。形式は学科によってまちまちだけど、自分の所属する機械工学科では、第一の関門試験 DQE (Department Qualifying Exam) の約1年後に受ける口頭試問となっている。DQE は入学から1年半後、主にそれまで履修した授業からの内容を問う試験。GBO は自分の研究中心の口頭試問であっても良いけれど、機械工学科では授業中心の口頭試問を課している。
これまた学科によって異なるけど、機械工学科では学部内から2名の教授、学部外から3名の教授、計5名の教授で審査委員会を形成することになっている。比較的学科内のクラス中心に受けていたこともあって、学部外教授の選考が厳しかった。さらに拍車を掛けたのは、2クラス取った教授が定年退職したことと、もう一人別の学科外の教授が、昨年秋から1年間のサバティカル(通称研究休暇と呼ばれ、アメリカの大学だと6〜7年ごとに約1年間の自由な時間が与えられる)に入ったこと。現在はサバティカルを利用してスタンフォード大で自身の研究に打ち込んでいるため、これが試験日程の調整に大きな影響を及ぼした。
その結果、GBO を受けようと考えたのがちょうど1年前。その後、急遽ミュンヘン行きの話が舞い込み、夏以降に延期するも、秋セメスターは5教授の日程が合わず、10月・12月と計画するも断念。3/7に再びサバティカル中の教授が帰って来られるかもとの話を聞き、その日で日程をスケジュールするも、最後の最後にその教授の日程が折り合わず、帰ってこられないことになった。仕方がなく代理の教授を立てるも、他の教授が億単位で研究資金が動く重要な会議に出席せざるを得なく、再び日程調整。その前後でなんとか都合をつけてもらい、ようやく今日受けることができた。5人の教授が2時間の都合を合わせるのに、これほどまでに大変だとは思いもしなかった。
そして結果は条件付き合格。5月末までに3人の教授から再び追試験を受ける必要があり、そのうち最低2人から合格をもらわないと、再び最初から GBO を受けることになるとのこと。ただ、追試験は3人同時ではなく、それぞれの審査員の先生から個別に受けることになるため、今回よりはもっとカジュアルな雰囲気なんだろうけど。でも正直なところ、首の皮一枚でつながっていると言った方が正確かもしれない。自分自身、試験の出来には満足してないので、まぁ残りの2ヶ月ちょっとでなんとか巻き返せればと思っている。自分は出来る学生だとは思ってないけど、ただ今回の試験の印象が審査員の中で残ってしまうのも全く嬉しくない。なんとか追試験でそのイメージを払拭できる成果を見せられればと思う。10年前と違うのは、1年間待たなくていいこと。そう遠くない将来に再びチャンスが巡ってくるのは有り難いと思う。